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BIKE LIFE




 19の春、遅咲きながらやっと原付免許取得。スーパーDIOでバイクライフスタート。ハタチの冬、中型二輪免許取得。エリミネーター250SE購入。エリミネーターを選んだのは高校時代からの愛読書サムライダーの影響だった。エリミを購入し丁度1年後250ではモノ足りないと感じ始めた頃、予備校時代の友人Kentaro氏と偶然再会。彼のV−MAXに刺激を受け、ZL750または900を探し始める。当時何処のバイク屋に問い合わせても滅多に見つからない、見つかったとしてもZL900だと60万以上が相場だ、と言われ諦めかけていた頃、Ono氏のカスタムニンジャを見て感銘を受け、それまで選択肢に無かったニンジャに乗ることを決意した。。21の初春、京都の運転免許試験場で限定解除に挑む。15回目でやっと合格。帰り道、予約してあったGPZ750RG1を契約。当時の中古車相場は900RのA6までで〜60万円、A7以降で60万円以上、それに対し750Rは当時でも既に10年落ちの絶版車で30万円と割安。自分は迷わず、程度極悪の750RG1を購入。これが運のツキ?750Rが様々な出会いと知識を与えてくれた。いまだ現役で走り続けるヤツ、既に降りたヤツ、四輪へ走ったヤツ、最近また復帰したヤツ・・・。現在自分がこうしてバイクに乗っていられるのもKF LIMEGLEENに巡り会えたおかげである。アチコチ壊れてはLGに持ち込み少しづつ仕様変更を繰り返す。OVER集合管、キャブセッティング変更、エンジン腰上OH、フロントフォークOH、京浜CR33φ・・・ベースが古いのでいくら直してもキリがなく入退院の繰り返しだった。そんな時、知人が全治1ヶ月の怪我で乗れない期間V−MAXを預かるという事件があった。置きっ放しにしておくよりはニンジャの入院中足に使ってくれた方が助かるという知人の好意でしばらくV-MAXを借りて乗っていた。初めて味わうVブーストの加速は今まで味わったことのない異次元の加速感だった。ZZR1100に試乗した時は知らない間に驚くほどスピードが出ているという自然な加速だったが、V−MAXの加速は空気を切り裂くような乱暴な加速。この時点でV-MAXを選んでいたら全く違うバイクライフになっていたのだろうが、もしもの世界はわからない。こんな快感を味わってニンジャに戻れるのか?一気に冷めてしまうのではという思いはあったが、結局カワサキ好きの管理人は素直にヤマハ車に乗り換えることが出来ず、ニンジャのカスタムを進める。750RのエンジンのOHを諦め、900Rエンジンに積み換え、1000RXキャブ、デクスター、全塗装。900RA7純正フロントフォーク&ブレーキキャリパー一式、前後ZX-4ホイール・・・。今振り返ると特にイジってるというレベルでもないが、当時のカスタムにしては頑張ってた方だった。しかし、数年かけて徐々に仕上げていった750Rだったが、ある日、ブレーキホースと別体式マスターシリンダー等パーツのみが盗難に遭い走行不能となる。その頃同時に仕事が忙しくなり始め、そのうち直そうと思いながらセカンドマシンKSRばかりに乗っている間に750Rの車検が切れ、本格的にニンジャは休業状態に突入。KSR80は使い切れるパワー、倒立フォーク&前後ディスクブレーキと車格の割にオーバークオリティの足回りで本当に面白いバイクである。ちなみにKSRの前はKSの80ccをセカンドマシンとしていたのだがKSはあくまでも原付の延長という感覚だったが、一回り大きくなったKSR80は小型車という感覚で乗れることが出来て通勤・街乗り&ショートツーリングには最適のマシンである。ニンジャを休業している間KSRでをメインマシンとしている間に数年の月日が流れる。

 時は流れ、2002年春、BIGバイク復帰を決意。自然の流れなら休眠中のニンジャの車検を通すところだが、何故かZLに乗りたくなり急遽購入を検討し始める。この先BIGバイクライフを復活させるなら、中途半端なキッカケで乗り始めたニンジャに復帰するよりも一生乗り続けるつもりで今までで一番欲しかったZLを購入する方がいいんじゃないかと思ったのだ。ところがいざZLを探し始めると簡単にタマが出てこない。古いバイクなのであくまでもレストアベース車と割り切って程度不問で探していてもなかなか見つからない。2ヶ月位たったある日、中古雑誌gooバイクで900を発見する。大阪の守口ならスグ見に行けるので仕事の合間にKSRで下見に行くと、予想外の極乗車。ZL900A2、初年度登録1987年、走行7927マイル、47万9000円也。コレしかない!と思い翌日契約しその1週間後納車。2002年6月4日ついにZL900乗りといてBIGバイクライフの再スタートを切ったのだった。
 購入当時のZL900はスーパートラップスリップオン、後付けライトONOFFスイッチキット、社外品バーハンドル等のライトカスタムが施されていた。しかし、小容量のガソリンタンク、タンクの幅からはみ出したエンジン、フェンダーの上に装着されたナンバープレート、ロング&ローで極太リアタイヤの迫力あるスタイルとノーマルの個性は全く崩れていない。実際乗ってみるとロングホイールベースで想像以上に曲がらない・・。が、曲がらないZLを曲げていくのは今までに味わったことの無いバイクとの一体感を感じることが出来、バイクを操る楽しさを再認識させられた。購入当初は満足していたが、しばらくするとやはり物足りなく感じ始める。結局改造らないと気が済まないのである。数年前雑誌に載った某ショップのチェーン駆動ZLのように過激なカスタムにも憧れるが自分にとっては現実的ではない。費用的に無理があるし車検も手間暇がかかる。何よりも明らかにフルチューンよりも一見ノーマル風だがよく見ると実は改造ってあるという方向性のカスタムが好みなのだ。そんな方向性で徐々にパーツを交換し始める。ビキニカウル、キャブ、フロント回り、リア回り、その他小物・・・・。一段落ししばらくは大人しくしていたのだが、2004年春ついにマフラー交換に着手。ZLに乗り始めた頃からカワサキ四発にはやっぱり集合管だろうと思いながらスーパートラップ二本出しで妥協していたのだが、友人から中古集合管を入手したのでそれをショップに持ち込み加工無理矢理ZLに装着してもらう。理想の音を手に入れたZLに跨る時の高揚感は他には絶対に見つけらない唯一の快楽なのだ
 結局自分にとってバイクに乗るという事は日常でありながら非日常、現実でありながら非現実的な行為であり。いつまで経っても醒めることの無い夢である。
バイクの免許(原付含む)を取得して15年、自分自身の環境や考えも随分変わった。暇さえあれば往くアテなく乗り倒し、収入の大半を改造費・修理代に注ぎ込んでいた時代、『自分は絶対に降りない、乗り続ける』と意気込んでいたが、セカンドバイクや四輪に乗り、またZLに乗り換えてみてある程度落ち着いてしまった今となっては、『降りる』とか『乗り続ける』というのは全く気にならなくなった。なぜならバイクに乗ることがライフスタイルとして染み付いてしまったから。
 
      生涯バイク乗り、そして生涯エリミ乗り。万歳!